トレーナーのご紹介

編集者まえがき

WEBサイト制作を請け負ったアズマと申します。ジムオーナーの金城トレーナーは、ご自身の事をあまり多く語る人ではありませんので、私がインタビューしながら、うかがった話を以下にまとめました。賞状と新聞記事のさらに下の段になりますが、読み進めていただきますと、お人柄を感じ取っていただけるかと存じます。

2024年1月28日 東 勝紀

金城 盛春 1969年 石垣市生まれ

 

卒業後はワーキングホリデー制度を利用して海外生活を経験したいと思っていました。資金が必要だけど親を当てにする訳にもいかない。どうしたら早く貯められるか考えていました。それで東京の給料がすごく高いと知って、これは行くしかないと思いました。知人を頼って単身上京して、大手家具店の配送センターに正社員として就職しました。
花の都、大東京での暮らしは、島育ちの自分には眩しすぎて何もかもが新鮮で驚くことばかりで。期待と不安の入り混じった毎日でした。

20歳の頃、ワーキングホリデーの資金が半分ぐらい貯まった頃でした。親からひとつのアドバイスがあったんです。「もっと違う仕事に転職してはどうか?専門学校にでも通って就職に有利な何らかの資格を取ったらどうか?今なら学費も援助できるから…」というものでした。ワーキングホリデーは専門学校を卒業してからでも行けると思って、親の提案を受け入れることにしたんです。

はい。ちょうどその頃、健康とスポーツに特化した専門学校のテレビCMに興味を持っていたこともあって…。学校に入学して、解剖学・栄養学・運動生理学とか、本格的な学問を2年間勉強しました。今でもそれが大きく役立っています。

時代はバブル絶頂期で、全国の都市で大型トレーニングジムの新規出店ラッシュが続いていました。そういった道へ就職しようとも考えたんですが、客層が一般の中高年層がメインだと聞いて拍子抜けしたんです。せっかく学んだ専門知識が生かせないんじゃないかって…。なんか物足りなさを感じたんです。

他のスポーツ関連業界はどうか?って調べていくうちに、トレーニング用品やサプリメントを輸入販売する会社の求人募集を見つけました。面接を受けて採用してもらえたんです。
担当したのがマシンの販売と修理だったんですけど、後々トレーニングジムもオープンすることになって、その運営にもトレーナーとして関わりました。もちろん、そこで自分自身のウェイトトレーニングもできるし、渡りに船でした。

営業やマシンの修理の方が忙しかったです。社員10名にも満たない小さな会社だったんですが、後に日本でゴールドジムをFC展開するまで成長する会社と提携したことで、自社の売上も連動して伸びていったんです。でも、外国製品によくありがちな不良品がたくさん発覚して…。納入先からのクレーム対応とかマシンの修理に追われる日々で、もう逃げ出したいぐらい大変でした。でもこの時の経験があったから今の自分があると思っています。

少しですね。ゴールドジムが全国展開を始めた当初10店舗ぐらいまでは、スタッフの一員として関わらせてもらいました。この頃の経験も、ビジネスマンとしての資質を養うのに余りあるものでした。

35歳の時、仕事で沖縄本島へ出張がありました。その時に生まれて初めて沖縄っていいなあ~って実感したんです。同僚達はこの時とばかりにビーチへ繰り出して行きましたが、自分はホテル内に大きな水槽があって、そこで泳ぐ魚をぼーっと眺めてました。
そして、ふと我に返ったんですね。東京でガムシャラに頑張ってきたけど、はたして自分の人生このままでいいのかなあ?ただ会社のために働いているみたいに感じたんです。大都会の暮らしに疲れ切っている自分に気づいて、そろそろ潮時なのかなあ?って…。その翌年、母親が脳出血で倒れたこともあって会社を辞めて石垣に帰りました。

母親が入院する病室へ足を運ぶうちに同室の患者さんと仲良くなったんです。そして前職の話題になって、その人からリハビリの相談を受けたんです。主治医から筋トレをするように言われたけど、具体的な指導もなくて、どうしたらいいか全くわからないとのことでした。医師とは言っても、筋トレなどは畑違いですからね。教えようがないことは承知していたので、自分が今まで培った知識と経験から筋トレを教えたんです。
そして、これがきっかけで口コミが広がって、何人かの方に身体のメンテナンスの仕方を教えることになりました。みんな喜んでくれて、自分も健康アドバイザー的な役割が楽しくなっていきました。理学療法士のようなリハビリは施せないですけど、肉体を強くする知恵と技術だけは豊富に持っていましたから…。

いいえ、最初のジムは37歳の時で今のジムとは別の場所です。当時、物置として借りていた小さな賃貸物件があって、そこで女性専用のトレーニングクラブ「ラインズ」を開業しました。後に破竹の勢いとなった「カーブス」の日本進出が決まったことも聞いていて、時代の波かも?とピンと来たこともあって…。

「カーブス」が女性の身体の曲線を表す意味だと聞いて…。だったら、美しいボディラインを作るっていう意味で「ラインズ」っていいんじゃないか?って思ったんです。ちなみに、スマホアプリのLINE社の創業は2011年なので、ネーミングはこちらの方が先なんですね。(笑)

いいえ、まだそれから色々ありまして…。39歳の時、会員さんが徐々に増えてきて手狭になったので、別の30坪の物件に移転しました。そして42歳の時には、ジム会員さんで会社を経営している方から、新規事業部としてフィットネスジムを開業したいからトレーナーとして力を貸してくれないか?と相談されて…。

はい。伸び悩んでいましたし、経営者としてもっとステップアップする上でもいい機会だと自分に言い聞かせました。苦渋の決断でしたけど、ジムを閉鎖して、全会員さんを引き連れて、その会社でお世話になることに決めたんです。ですから、この時に一旦はジム経営から手を引いたんですよ。そして、3年間きっちり勤め上げて軌道に乗せてから退職しました。

はい。2015年46歳の時に「トレーニングクラブLINE‘S FIT」を現在の場所にオープンしました。三度目の正直です。(笑)
充実した毎日を送らせていただいています。

少し長い話になりますが…。過去の経験から学んだことがあるんです。会員さんのために良かれと思って、どんな要望も受け入れていた時期がありました。それが相手のため、サービスの向上だと思っていたんです。会費を低価格にしたり…、ルールを緩めたり…、色んな要望に応えていました。

でも、それが結果的には、WIN-WINにならなかったんです。会員さんのモチベーションが下がってトレーニングを続けなくなってしまったり、ジム内のムードがトレーニングというよりも単なる憩いの場所になっていったり…。

せっかく意を決して入会してくれたのに…。せっかく目標を持って取り組み始めたのに…。その願いを叶えてあげられないなんて、トレーナーとして失格です。もちろん、会員さんあってのジムですから、そのうち経営も成り立たなくなるでしょう。願いを叶えられないジムなんて、誰も幸せにできないような気がしたんです。

ご機嫌取りとか表面的な優しさを取り繕っていてはダメなんです。会員さんの目標達成へ向けて前向きにリードし続けるのがトレーナーとしての私の役割。その自覚と責任を持ってサポートさせていただくというポリシーを持っています。

残念ながら私たちは、支払う代償に見合った価値しか見出せないようです。たとえば会費が安いということは、身体を鍛えようかな?という決意も低くなってしまう傾向にあると思うのです。その逆に高額であれば、それに見合った覚悟も固まりますし、集まってくるのは目的意識の高い人だと思うんです。そういう点から、当ジムの会費はバランスの取れたちょうどいい価格だと思っています。

わたしの願いは、みんなが自分自身を大切にしてほしい、何でもいいから身体を動かして健康でいてほしいということです。

36歳で、東京から18年ぶりに島に戻ってきた時、まわりの人のライフスタイルに愕然としました。酒に溺れて今にも身体を壊しそうな人や、生きがいも持たずただ漠然と毎日を過ごしているような人。怠ける自分のことを棚に上げて、奥さんを召し使いみたいに扱って威張っている人。

目を覚ましてほしいです。自分の人生、もっと自分を高めることに興味を持ってほしい。亡き父が大酒飲みだったことや、母が後遺症による半身不随で苦労していることも、そう思う一因かもしれませんが…。

当たり前ですけど、人の身体は千差万別です。骨格も姿勢も、肉付きも筋力も、健康状態も人それぞれ。会員さんの望みもそれぞれです。その望みを叶えるために、いかにその人の個性や伸びしろを見極めて、いかに最適な個別メニューを組んであげられるか!?

そういった人の特性を見抜く洞察力については、若い頃から褒められることもよくあって、ジムトレーナーが天職なんだろうと信じています。こうして皆様のお役に立たせていただけることに感謝しています。

個人的な活動としては、30代の頃からパワーリフティングの大会に出場していて、毎回、納得のいく記録や戦績を残すことを目標にして自分のトレーニングの励みにしています。ここ数年は、腱の断裂などケガに悩まされていますが…。

この3~4年で、私と一緒に大会に出場する会員さんもチラホラ出てきて、切磋琢磨できていることがとても嬉しいです。ある会員さんは、昨年の鹿児島国体でナント!優勝を果たして…。我が事のように喜びました。

現在の夢は、パワーリフティング世界大会に挑む会員さんを育てて、私も一緒に出場することです。ジムのOBには、現役プロ野球選手として大活躍している方もいます。(たまたま縁があって高校生時代を指導させていただきました)

やってみなきゃわかりません。石垣から世界への挑戦!男のロマンです。(笑)

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※ パワーリフティングとは、ビッグ3と言われる3種目(ベンチプレス・スクワット・デッドリフト)の重量合計を競うものです。ちなみに全国大会レベルでは800kgを超えるとのことです。

 

編集者あとがき

子どもの頃から運動神経は悪かったです!特に球技は、からっきしダメでした!ぽっちゃり体型でしたし…とのこと。バリバリ体を動かすガキ大将を連想していたので、まさかの驚きでした。カッコ悪いことを平然と言ってのける金城トレーナーの正直な人柄がとても印象的でした。紛れもなく誠実な人ということは否定しようがありません。

ちなみに私もジム会員なのですが、入会して初めてパワーリフティングという競技を知りました。これはビッグ3と言われる3種目(ベンチプレス・スクワット・デッドリフト)の重量の合計を競うものです。ちなみに全国大会では総重量800kgを超えるとのこと。軽自動車で700kgぐらいですから、まさにモンスターですね。
金城先生!これからも末永くご指導の程よろしくお願いします。

文責:東 勝紀


 

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